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母の日に思う事。

「母」って、やっぱりすごいな、って。

わたしの母の話です。


父は、50歳でこの世を去りました。わたしが22歳の時です。

それまで専業主婦だった母が勤めに出ることになりました。

わたしも短大を出たあと、その頃には勤めに出ていましたが、弟はまだ高校生。

生活に困窮することはなくても、日々、不安で必死に働いていたと思います。


母は、長く働きました。

シルバーと呼ばれる年齢なっても。

年を取った時にわたしや弟に頼らないように「経済的に自立するため」に、です。

立派だな、と我が母ながらいつも思っていました。


二年前、わたしの自立に手助けしてくれたのも母でした。

(それはまた、別の機会にという事で…。)


その母が1月に受けた検診で良くない結果が出、2月の末に手術しました。

大腸がんです。

3月に退院し、普通の生活に戻ろうとしているさなか、今度はくも膜下出血でまた手術になりました。


母は、まだ入院中です。

病院へ行くと、「遠いのにごめんなぁ」「無理してしょっちゅう来んでええねんで」

と言ってくれますが、「でも、やっぱり嬉しい!」と、可愛いのです。

そして、先の手術の時も今回も、自分のことで大変なのにわたしのことを、わたしと娘のことを案じてくれます。

すごくありがたい。

そう思ってくれる存在がある、それだけで。

母が居るところがわたしの「実家」なのだな、と思います。

いずれ母がいなくなり、家だけになってしまったら…

そこに弟家族が移り住んでも、そこはもう実家ではないと思うのです


母は、昔は厳しく、小中学生時代は激しく衝突しました。

古い言葉ですが「教育ママ」だったのです。

できの悪いわたしは、父にも母にもよく叱られたものです。

母のヒステリーも大したものでした。

が、いつの間にか母娘は仲良しになるのですね。


「近くなったから安心」「頼りにしてるでぇ」と言ってくれます。

わたしも精一杯のことをしたいと思っています。

身体があまり強くないので無理する事もありますが、居るうちだけですものね。

親孝行できるのは。


弟家族は実家近くに住み、母は独居で経済的にも身体的にも自立してきましたが、

今回の二つの病気で人の手を借りなければならなくなりそうです。

わたしの住まいからは1時間以上離れていますので、そうそう訪ねられない状態です。


すごかったのは、くも膜下を起こしながらも弟に現金と預金通帳を渡し、

「私にかかったもの、これで払っといてや」と。

術後、記憶が混濁していたのか「おぼえてへんわ~」って(笑)

それでも、こんな緊急時にも子たちに迷惑をかけまいとする母の姿に尊敬しました。


経過は今のところ順調で、近々リハビリができる病院に転院する話が進んでいます。

元気になって戻ってきてくれる事を願っています。

その時、「母の日のプレゼント」を渡そうと思っています。

ちなみにピンクパープル系のシルクのストールです。

お出かけ好きな母に使ってもらいたいと、用意していたものです。


おまけに我が家の母の日。

爽やかな色のコットンのストールに…

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ケーキはボックサン。とっても美味でした!

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    ( 23:17 )

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